自分の症状の詳細と、フォーカルジストニアになる原因について

手術のお話の前に、私の症状の詳細、フォーカルジストニアになる原因について自分の思うところを書いてみたいと思います。


私の症状は、楽器を弾こうとする時のみ、またギターを弾く左手の形態に近い状態になった時に(ペットボトルを掴んだり、ペンを指で挟んだり、左手でおでこを掻いたり)左手の小指が意識せずにまがり、そのまま硬直してしまうというものでした。


小指がどの程度まがっていたかというと、

もう小指の先が手のひらにくっつくくらいぎゅーっと曲がっていました。


その小指につられ、薬指も曲がってきて演奏が完全にできなくなりました。


ギターを構えてネックに左手を持って行くだけで指は曲がり、痙攣がおきました。




定位脳手術をしてくださった平先生の話では、脳からの指を動かせ!という信号と、指からの動かしましたよ!という信号のやりとりが反復練習のしすぎで暴走するようになってしまい、そのような症状が起きるとのことでした。







これは私見ですが、この病気は性格も大きく関係してくるものだと思います。



自分の演奏を、絶対にこうでなければならない、そのためにこういう練習を人一倍しなければいけないというような自分の中でのルールを作りがちな方はこの病気になりやすいと思います。(この見解は少し受け売りの部分もあります笑)



几帳面というか、目的のためにひとつのことに猛進できるというのは音楽家としてとても大切な資質だと思います。

特にクラシックの音楽家の皆様にとってはそれが必須で、毎日がその繰り返しなのでしょう。



しかし、それがいきすぎると、運悪くフォーカルジストニアになってしまう方は多いはずです。







私は音楽大学や音楽専門学校には通っておらず、プロギタリストに直接師事して音楽理論や演奏技術を学んでいきました。

その為、音大生と肩を並べるには彼等の倍くらい練習しなくてはならないというルールを自分の中でつくり、プレッシャーで自分で自分を追い込んで集中的に長時間練習していました。


その為、練習自体がストレスを抱えた状態のものになってしまっていました。

日々の練習がストレスと隣り合わせで、常にプレッシャーを己でかけながらのものでした。




これが今思えば本当に良くないことだったなと思います。

音楽を楽しまなくてはいけなかったなと。

根本的な所を見落としていました。




同級生で、今クラシック音楽の分野でとても活躍している若いフルート奏者と打楽器奏者がいるのですが、その2人はその時その時演っている音楽、練習が好きで、楽しくてしょうがないといった印象を受けます。


勿論しんどいこともたくさんあるのでしょうが、まず楽しむことをしっかり軸に据えて音楽に取り組んでいるように見えて、とてもすばらしいなと思っています。





もう一つ、


楽器演奏というものは、しんどい練習をクリアしていかなければ、できるようにならない技術ばかりで、上達すればするほど自分に足りないものがより見えてくるものです。


苦手な奏法を克服するために、

またテクニック的に高度なものを身につけるために、反復練習というのはある程度までは避けて通れないものだということも事実です。




演奏家にとって、わかりやすく高度なプレイを自分に求めるのは自然なことだと思います。


ギターでいえば速弾きがわかりやすい例ですが、どの楽器でも超絶技巧を一度は練習するのではと思います。


そして、それができなくては失格だくらい極端に考えてしまっておられる方もおられますし、そのように教える指導者も確かにいらっしゃいます。

私も正直、そのように考えていて練習し、この病気になりました。



ただ、必ずしもそうではない場合があるということを知っておいて頂けると楽になる方もいらっしゃるのではと思うので記述させていただきます。




これまで世界で活躍してきた、あるいは今活躍しているジャズギタリストというのは、 オリジナリティのある音使い、そしてその人特有のグルーヴを持っている人達です。(これも受け売りです笑)


確かに超絶技巧を駆使している人もいますが、それは単にその人のオリジナリティのひとつだということです。


決してみんなが派手なプレイをしているわけではないのです。(できるけどやらないというひともいますが)


グラントグリーンは彼のもつ黒人独特のファンキーでブルージーな音、グルーヴを武器にしていますし、

ビルフリーゼルは彼にしか思いつかないような独特の音使いで、派手なプレイでなくとも聴衆をのめり込ませます。





バーニーケッセルは、単音でのソロではフルピッキングで速弾きもしますが、同時期に活躍していたハーブエリスやジョーパスと比べると速弾きはなんというか雑な感じです。(それが味でもあるのですが)


でも彼は超高速のコードソロで観客を惹きつけます!

当時のジャズマンはあのコードソロを見てぶっ飛んだと思います。


しかし、バーニーケッセルはあのコードソロを、少しでも速く!とか少しでもコードチェンジをなめらかに!といった感じでひたすら反復して練習したりしたわけではないと思います。



彼が無意識に頭の中で鳴っていた音、得意なものを自然と演奏に反映させていたんだと思います。



ジャズ界の帝王、マイルスデイビスは、

超絶技巧トランぺッターのディジーガレスピーに憧れ、

ディジーのようになりたいと練習したそうですが、

結局ディジーのようなテクニックは習得できず、

彼の肺活量と唇の筋肉の弱さがディジーの様な超絶プレイには向いていないと評されたそうです。




ですが、彼はその当時までは弱音器として

音を小さくする為にしか使われなかったトランぺッターのアイテム、

ハーマン・ミュートを自分の演奏スタイルに取り入れ、「卵の殻の上を歩く様な繊細な音」と言われるほど美しい音色を身に付け、肺活量、唇の筋肉の弱さという弱点を逆手にとって武器にしました。




その後は独自の音楽に対する姿勢を貫き、ついにはクールジャズという新しいジャズの世界までも開いてしまったのです。




彼が自分の演奏を方向転換せず、ずっとディジーのような演奏を目指していたら、きっと「帝王」とは呼ばれていないと思います。

そして、それこそどこかで無理が来て唇のフォーカルジストニア(アンブシュアジストニア)になってしまっていた可能性もあったのではないかと。




バーニーやマイルスのエピソードが1番記しやすかったのでジャズの話ばかりしてしまいましたが、他のジャンルでも同じではないかと思います。



あまり苦手意識のある奏法を克服しようとして根を詰めすぎないこと。

日本人は特に完璧主義で根性でなんとでもなるという風潮が未だ根強い様に感じます。


実際今、若い人(特に20代、30代)でもフォーカルジストニアにかかる確率は高くなってきていると言われています。



苦手な奏法やスタイルを意識しすぎず、

また自分の得意なもの、自分の個性だと思うところは曲げず、

それを軸に音楽を楽しむことがフォーカルジストニアの予防に適しているのではと思います。




次回は、今ジストニアに苦しんでいらっしゃる方に寄り添った内容のブログを書きたいと思います。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!